Message from the President

The International Research Society of the SCPSC理事長
医療法人東札幌病院 理事長

撮影者: Dr. Camilla Zimmermann
この赤いカーディナルは、Dr.Zimmermann のご自宅裏庭に住んでいる鳥。専用の餌台をとても気に入っています!
ご挨拶
“光陰矢の如し”と言われるように、The 5th Sapporo Conference for Palliative and Supportive Care in Cancer(SCPSC)も早くも来年の7月にと迫って来ました。前号のニュースレターでは、その意図を「新しい時代を迎えようとしているがん緩和ケア」のタイトルで紹介致しました。そのプログラムはすでにSCPSCのWEBサイトに掲載され、世界の多くの方々から好評のメールを戴いております。今号では、まだご覧になっていない方々に改めてプログラムの詳細をご紹介する次第です。そして、この2月から皆様の参加登録と一般演題の募集が始まりました。多くの方々のご応募を期待しております。
SCPSCはこれまで緩和ケアの全ての課題が凝縮されると思われる「安楽死」問題を取り上げて来ました。その根幹をなす思想の模索の一つとして私たちはカントの「人間の尊厳」概念を考察しています。
第4章「人間の尊厳」をめぐる円環構造
−死者の尊厳について−
昨年の10月、私の母校である札幌医科大学の解剖学講座永石歓和教授が主催する「献体」に関する市民公開講座 “命をつなぐ贈り物〜献体が拓く医学の未来”が開催された。その演者の1人として“献体の意義-人間の尊厳 (human dignity)概念を考える”というタイトルで話をさせてもらった。最近日本ではcovid-19 pandemicを境に「献体」の希望者が減じ、将来的に医学教育、研究、そして医療技術の研修(サージカル・トレーニング)に支障を来たす懸念が開催の動機であった。かって私も医学生時代に母校で「献体」による解剖学実習を受けておりその感謝の念もあり積極的に講演を受諾した。
私は緩和ケアにおける重要な課題の一つ「安楽死」問題を長年に亘り考察してきた。その帰結として、イマヌエル・カントの「人間の尊厳」概念が「安楽死」問題の主題であり、かつ「献体」の意志がその象徴的意義を表していると思うに至った。講演の最後に、「カントは、“人間が尊いのは自らを律して生きる自由を持ち、自分の幸せのため他人の幸せのためにも道徳的に行為するから”と説いている」と締め括った。
日本では「献体」後の遺骨に対し厳かに敬う文化がある。仏教に限らず宗教的な儀式を介しての固定的な通念である。この遺体に対する畏怖とそれらがもつ象徴的な力は世界に共通して存在している。すなわち、“敬意をもって遺体を扱う義務がある”と言う普遍的な信念は道徳哲学における「死者の尊厳」という深い難問を提起する。例えば胎児の尊厳、臓器の売買、covid-19pandemicにおける看取り、さらに戦争、飢餓による死などに議論の場を拡げている。
2012年ハーバード大学のマイケル・ローゼン教授による「尊厳-その歴史と意味. Dignity-Its History and Meaning」1)2) の中で、彼は「死者の尊厳」に関しカントの解釈を肯定的に記述し尊厳概念に一石を投じている。
尊厳の概念はさまざまな多様性の複合体である事はすでに述べた。3) 第2次世界大戦後、尊厳の概念は人々の日常に留まらず政治的及び法的な生活において基本的な位置を占めるようになってきた。例えば国際連合による世界人権宣言(1948年)第1条の冒頭では“すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利において平等である”とし、ドイツ連邦共和国基本法(1949年)第1条は“人間の尊厳は不可侵である”との文言から始まっている。しかし、その議論の中心はカントの観念である事に論を俟たない。カントは「道徳形而上学の基礎付け. Grundlegung zur Metaphysik der Sitten.1785」4)において、”人間の尊厳の根拠となるのは自律であり、そして無条件で比較のできない価値を持つ道徳性のみが人間の尊厳を担保する“と明記している。そして人間は自律(人間自身が法律の源となる)を体現する道徳法を持つ故に尊厳は常に「人間の尊厳」であると説く。法は義務を伴いカントは、自己に対する義務と他者に対する義務、そして私たちが「人間の尊厳」に対する敬意を表明する義務を負うとした。これはすでに述べたように、どのようなものであれ自分に合った生き方を選んでいく個人の能力を自律とする現代の理解とは大きく異なるものである。5)
マイケル・ローゼン教授は、第3章「人間性(人間の尊厳)に対する義務」で、“私達が死者に対して尊厳をもって振る舞う義務があるのは何故か”と再び問い、カントが“人間の尊厳を敬う義務は、根本的には自己に向けられた義務である”としているが故に、その義務を果たす事なしに人間ではあり得ないと主張する。そして尊厳を敬う主体、すなわち遺された者の尊厳の保持は、死者に対して敬意を払うことにより始めて可能となると結論している。ここに「人間の尊厳」をめぐる円環構造(最上のものを求め、巡り巡ってまたもとの出発点にもどる)を見てとれる。最近の報道で、ガザ地区の被災者が遺体を埋めた上に瓦礫の石を積んで祈りを捧げる姿が映像された。死者に対して敬意を払う、すなわち「死者の尊厳」を行為遂行することによって遺された者もまた人間の尊厳を保持することが可能となる姿であった。
「献体」の議論を契機にマイケル・ローゼン教授の著作「尊厳-その歴史と意味」を紐解いてみたが、彼はカントの“人間の尊厳の不可侵の神聖さ”を軸にして「死者の尊厳」を見事に演驛している。イマヌエル・カント研究にも秀でているマイケル・ローゼン教授の「人間の尊厳」の哲学的思考は私たちにとって大きな福音であった。
参考文献
1, Michael E. Rosen : Dignity: Its History and Meaning. Harvard University Press. 2012
2, マイケル・ローゼン: 尊厳-その歴史と意味. ( 内尾太一、峯陽一訳) 岩波新書
2021年
3, Yukie Ishitani : IRS-SCPSC Newsletter New Year Special Issue (BMJSPCare Blog Feb.15.2024)
4, Immanuel Kant : Grundlegung zur Metaphysik der Sitten.1785.(道徳形而上学の基礎付け. 御子柴善之訳 2022年)
5, Kunihiko Ishitani : Human dignity and Autonomy-The fallacy of Autonomy・Self-determination, and Right to self-determination –
IRS-SCPSC/ News Letter January. 2024
「第5回がん緩和ケアに関する国際会議」のご案内
このたび、5th SCPSCの最新ポスターおよびチラシが完成いたしました。
掲示にご協力いただけますと幸いです。PDFデータもご用意しておりますので、ご希望の方は事務局までお問い合わせください。
何卒よろしくお願い申し上げます。
プログラム概要
2026年7月10日(金)
シンポジウム 1 8:00-12:00
がん疼痛に対するオピオイド:新たな科学とベストプラクティス
座長: David Hui (University of Texas MD Anderson Cancer Center, USA)
Russell Portenoy (Albert Einstein College of Medicine, USA)
パネル1 オピオイド応答の新たな科学
オピオイド応答のゲノム-ワイド関連解析:がん疼痛管理への意義
西澤 大輔(東京都医学総合研究所)
がん疼痛に対するオピオイド療法:薬理遺伝学的解析のインパクト
D.Max Smith (Georgetown University, USA)
がん疼痛においての神経炎症:オピオイド療法における腫瘍微小環境の役割
Angela Santoni (Sapienza University of Rome, Italy)
Edoardo Arcuri (Regina Elena Cancer Institute of Rome, Italy)
パネル2 がん疼痛に対するオピオイド使用の臨床アップデート
がん疼痛治療におけるブプレノルフィンとメサドン
Russell Portenoy (Albert Einstein College of Medicine, USA)
オピオイドが免疫応答と内分泌機能に与える影響
Jason Boland (Hull York Medical School, UK)
オピオイドの(脳科学的な)強化(Reinforcement)/報酬(Reward)に与える影響:乱用のリスクとその緩和戦略
Joseph A. Arthur (University of Texas MD Anderson Cancer Cen
ランチョンセミナー 1
医療、ナチズム、及びホロコーストに関するランセット委員会:歴史的エビデンス、今日における意義、明日への教訓
Herwig Czech (Medical University of Vienna, Austria)
座長: Declan Walsh (Levine Cancer Institute, USA)
シンポジウム 2 13:00-17:00
がん患者への個別化された緩和ケアとサポーティブ・ケアの時代:進歩と革新
座長: Areej El-Jawahri (Massachusetts General Hospital, USA)
中川 俊一 (Columbia University, USA)
*本セッションでは、終末期における化学療法、放射線治療、免疫療法、標的療法、緩和手術などの緩和治療の妥当性について議論する
進行がん患者に対する緩和ケアの役割
Jennifer Temel (Massachusetts General Hospital, USA)
血液悪性腫瘍患者に対する緩和ケア:現在の動向と将来の方向性
Areej El-Jawahri (Massachusetts General Hospital, USA)
新規治療法と個別化医療の時代における緩和ケア
Jessica Bauman (Fox Chase Cancer Center, USA)
ギャップを埋める:外科の質向上のための緩和ケアの活用
Ana Berlin (Columbia University, USA)
イブニングセミナー 17:00-18:00
未来のケアプランニング- 緩和ケア患者のためのより良いプランニングに関するヨーロッパの視点
Mark Taubert (Cardiff University School of Medicine, UK / ヨーロッパ緩和ケア学会 副理事長)
座長: 高田 弘一 (札幌医科大学)
2026年7月11日(土)
シンポジウム 3 8:00-12:00
緩和ケアにおける患者と臨床医の出会いに対する精神力動的視点
座長: Friedrich Stiefel (University of Lausanne, Switzerland)
Sarah Dauchy (APHP. Centre University of Paris, France)
緩和ケアにおける患者と臨床医の出会いに対する精神力動的視点の現状
Friedrich Stiefel (University of Lausanne, Switzerland)
精神分析理論の基本的諸仮定とそれらの緩和ケアへの関連性
Sarah Dauchy (APHP. Centre University of Paris, France)
精神力動的アプローチが医学と緩和ケアにどのように貢献するか?
James Levenson (Virginia Commonwealth University, USA)
精神療法的アプローチと緩和ケアはどのようにがん医療に統合され得るか?
Camilla Zimmermann (University of Toronto, Canada)
「内側」からの視点:緩和ケアにおける精神腫瘍医としての働き方
清水 研(がん研究会有明病院)
ランチョンセミナー 2 12:00-13:00
比較文化学におけるスピリチュアリティ、スピリチュアル・ケア
Karen Steinhauser (Duke University, USA)
座長: 小西 達也(武蔵野大学)
シンポジウム 4 13:00-16:30
幇助死(安楽死、VAD、MAID)と緩和ケア:表裏一体か?
座長: Luc Deliens (Vrije Universiteit Brussel & Ghent University, Belgium)
David Currow (University of Wollongong, Australia)
第1部 世界における幇助死の実践と経験 13:00-13:25
世界における幇助死法制と実践の進展
Luc Deliens (Vrije Universiteit Brussel & Ghent University, Belgium)
幇助死が長期にわたり合法とされている国々で得られた緩和ケアと幇助死の関係に関する実証的エビデンス
James Downar (University of Ottawa, Canada)
ビクトリア州での合法化以来、オーストラリア各州において、自発的幇助死に関する法律に緩和ケアの臨床医はどのように対応してきたか?
David Currow (University of Wollongong, Australia)
スイスの幇助死制度における緩和ケア医の経験
Claudia Gamondi (University of Lausanne, Switzerland)
第2部 映画上映
“The Last Flight Home” 監督:Ondi Timoner
この映画の予告編はYou Tubeで見ることができる。Luc Deliensがアメリカの学会でこの映画全編をレビューしたところ、幇助死における緩和ケアの重要性と複雑さを⽰す⾮常によくできた作品であった。プロデューサーのMark Barger (New York city, USA)は、約1時間30分のドキュメンタリーを、⽇本語字幕を含めて45分に短縮することに同意した。
Luc Deliensの司会によるパネルディスカッションと聴衆との質疑応答
パネルメンバー:
David Currow, James Downar, Claudia Gamondi, Mark Barger, 大西 秀樹
Topics
興味深い研究論文をご紹介します
IL36G-producing neutrophil-like monocytes promote cachexia in cancer
Nature Communications 15 Article number: 7662 (2024)
doi:10.1038/s41467-024-51873-x
Ponsegromab for the Treatment of Cancer Cachexia
N Engl J Med 2024;391:2291-2303
DOI: 10.1056/NEJMoa2409515
Impacts of Immunotherapy on Patients With Aggressive Thyroid Carcinomas
JAMA Oncol. 2024;10(12):1617-1618.
doi:10.1001/jamaoncol.2024.4202
Predictive Biomarkers of Dyspnea Response to Dexamethasone and Placebo in Cancer Patients
J Pain Symptom Manage. 2024 Aug 6:S0885-3924(24)00852-2.
doi: 10.1016/j.jpainsymman.2024.07.003.
Differences in palliative care needs between cancer patients and non-cancer patients at the start of specialized palliative care: A nationwide register-based study
Palliat Med. 2024 Oct;38(9):1021-1032.
doi: 10.1177/02692163241269705.
Maybe for unbearable suffering: Diverse racial, ethnic and cultural perspectives of assisted dying. A scoping review
Palliat Med. 2024 Oct;38(9):968-980.
doi: 10.1177/02692163241268449.
Topics contimued
“It’s not a one-person show” E-learning course in neuropalliative care: A qualitative analysis of participants’ educational gains and self-reported outcomes
Published online by Cambridge University Press: 27 September 2024
DOI:10.1017/S147895152400124X
Intrinsic capacity and survival among older adults with gastrointestinal malignancies: The Cancer and Aging Resilience Evaluation registry
Cancer 15 October 2024 Pages 3530-3539
doi:10.1002/cncr.35427
The humanities in palliative medicine training: perspectives of academic palliative medicine physicians and trainees
BMC Medical Education volume 24, Article number: 1337 (2024)
DOI:10.1186/s12909-024-06295-0
Systemic Anticancer Therapy and Overall Survival in Patients With Very Advanced Solid Tumors
JAMA Oncol. 2024;10(7):887-895.
doi:10.1001/jamaoncol.2024.1129
Delivering High-Quality Cancer Care: Charting a New Couse for a System in Crisis: One Decade Later J Clin Oncol Vol.42,No.36 Oct.02,2024
https://doi.org/10.1200/JCO-24-01243
Thrilling News: A Joyous Announcement!
2024年11月15日、SCPSCニュースレター秋号がBMJSPCareフォーラムに掲載されました。
BMJ SPCare (Please click)

撮影者: Dr. Camilla Zimmermann
この写真は、カナダ・トロント近郊のムスコカ地域で撮影されたもので、雪に覆われた森の静かな美しさを捉えています。冬の静寂を感じさせる景色が広がっています。
Member's News
📖 医学書籍紹介: Dignity in Care: The Human Side of Medicine
医療における「尊厳(Dignity)」をどのように守るか。本書 Dignity in Care: The Human Side of Medicine(Harvey Max Chochinov著, 2022年)は、その重要性と実践方法を探る一冊です。
📕 Dignity in Care: The Human Side of Medicine
Author: Dr.Harvey Max Chochinov
🏢 Oxford University Press (2022)
🌐 DOI: 10.1093/med/9780199380428.001.0001
🛒 Available on Amazon
History

寄稿者:Dr.Joseph Clark
グローバル緩和ケア講師
ハル大学・ウルフソン緩和ケア研究センター(イギリス)
『ランセット』委員会メンバー(「がんにおける人道的危機:低リソース環境における緩和ケア」)
デイム・シシリー・ソンダースの「二項対立」についての考察: 緩和ケアのグローバルな未来への教訓
1981年、近代ホスピス運動の創始者であるデイム・シシリー・ソンダースは、イギリスのセント・クリストファー・ホスピスで5日間にわたって開催された会議の内容をまとめた『Hospice: the Living Idea』を編集した。ソンダ―スはその中で、テーマ1「ホスピスの概念」に焦点を当て、ホスピス・ケアの創設理念を振り返り、そのさらなる発展の鍵となる2つの二項対立を提示した。この2つの二項対立はともに、世界中の患者とその家族に適切なケアを提供するために重要となる課題の枠組みであり続けている。ここでは、ソンダースの著作を再訪することで、緩和ケアのグローバルな発展のために我々がどのような教訓を得ることができるかを考察することを目的に、それぞれの二項対立について考えてみたい。

Dame Cicely Sanders (1918-2005)
二項対立1:我々の治療における洗練された科学と、我々が持つケア技術のバランスをどのようにしてとるか?
ソンダースの1つ目の二項対立は、エビデンスに基づくアプローチの実践が増加することで、緩和ケアが過度に技術的になり、ケアにおいて思いやりのあるアプローチが犠牲になってしまうリスクに関するものである。
ソンダースのホスピス・アプローチは、医療の過剰な技術化に対応するものとして生まれた部分もあるが、ソンダースは熱心な科学者であり、ホスピス・ケアの実践に向けてエビデンスに基づいたアプローチを開発することに注力していた。1981年以来、緩和ケア、特に緩和医療に関する、科学的で専門家の評価を経たエビデンスは、認識できないほど増加している。科学的な緩和ケア会議は世界のあらゆる地域で開催され、緩和ケアについての学術論文は世界の(ほぼ)すべての国から発表されるようになった。これらを総合すると、多岐にわたる緩和的介入に対する明確なエビデンスベースが示され、未知の部分が明確化される。数多くの研究はまた、有効性にかかわらず、その介入が健康信念、選好、医療資源などの状況に応じて実施されなければ、失敗の可能性があることも明らかにしている。
ソンダースの二項対立の中には、ホスピス・ケアが過度に技術的になり、ケアへの思いやりのあるアプローチを犠牲にしてはならないという明確な警告がある。しかし、ソンダースがこの二項対立を表現した意味を改めて考えてみると、世界中の患者と家族の利益のために、我々が提供するケアに、ますます「洗練されていく科学」を確実に取り入れるにはどうすればよいのだろうか?という重要な世界的課題の核心を突いている。
グローバルヘルスでは、効果があるとわかっていることを患者が受けるケアに反映させることができないことを「know-do gap(ノウ・ドゥ・ギャップ)」と呼び、このギャップが世界中で健康の公平性を実現する上での最大の障害となっている可能性がある。1 緩和ケアにおけるこの例は、世界の疼痛治療に見られる。我々はモルヒネが強い痛みを和らげるのに効果的で、比較的低コストの薬であることを知っているが、それにもかかわらず、高所得国と低所得国とでは、モルヒネの推定消費量の中央値に5倍から63倍もの差があり、科学と実際のケアとの間に明らかなずれが生じていることを示している。
ソンダースの二項対立は、緩和ケアの提供が過度に技術的になるべきではないと警告しているのかもしれないが、患者や家族にとって有益であるとわかっていることを実行に移せないことを、この二項対立のバランスの崩れであるとソンダ―スは考えるに違いない。患者の症状に対処できる科学を確実に実践することは、世界中のすべての医療提供者にとって重要な課題である。

撮影者: Dr. Camilla Zimmermann
二項対立2:個人のニーズに全面的に焦点を置くことと、地域社会全体に対する責任とのバランスをどのようにしてとるか?
ソンダースの2つ目の二項対立は、個人のニーズに集中的に焦点を合わせることが、地域社会に意図せずとも悪い結果をもたらすかもしれないという知覚リスクに関するものである。『Hospice: The Living Idea』2では、個人のニーズと地域社会のニーズのバランスをとる必要性について、ソンダースは具体的な考えを詳しく述べてはいない。しかし、この二項対立は、緩和ケアにおける公平性の問題に対するソンダ―スの懸念を表している。緩和ケアのグローバルな発展に関して、ソンダースの二項対立には多くの点で先見の明があると考えることができるだろう。
まず、ホスピス患者のほとんどががんと診断されていた1981年当時を振り返ってソンダースの二項対立を検証する一つの方法は、ホスピスのアプローチをがん以外の診断を受けた人々にも適用することの実現可能性を検討することである。ホスピスの労働力に限りがある中で、全人的な、そして多くの場合時間のかかるケアへのアプローチを、どのようにしてより多くの人々に行き渡らせることができるのだろうか?このように理解すると、ソンダ―スの二項対立は、緩和ケアを世界的に公平に実践していく上での倫理的課題を警告していることになる。がんで死亡する人々が、がんでないと診断される人々よりも終末期においてより良いケアを受けるべき理由は何なのだろうか?がん以外の患者にも緩和ケアへのアクセスを拡大することは、依然として、緩和ケアのグローバルな発展にとって重要な課題である。
地域社会のニーズとの関連における「個人」の二つ目の解釈は、緩和ケア人口とより広範囲の医療人口との間の公平性を考慮することである。世界中のすべての医療制度において、人的、そして財政的な資源配分の難しい決断がなされている。「死の価値」に関するランセット委員会は、国民皆保険制度がない国において、人生最後の数ヶ月の治療がいかに高額であり、家族が貧困に陥る原因となっているかを強調し、3 さらに、高所得国では、全人口の年間医療費の8%から11.2%が、その年に死亡した患者の1%未満にしか費やされていないことも強調した。これは患者や家族が望んでいることなのだろうか?この高額な支出の一部は正当なものだが、患者や医療従事者は実際の見込み以上の結果を望んでいるというエビデンスもある。ソンダースの二項対立が『個人のニーズに全面的に焦点を合わせること』の機会費用について明確に警告しているにもかかわらず、世界中の医療制度において、個人のニーズに、減少するどころか、より一層の焦点を当てることが今もなお求められていることは明らかである。
最後に、ソンダースの二項対立に対し、国際社会のニーズと関連して個々の国のニーズを考慮したグローバルな視点が必要とされている。緩和ケアサービスの大部分は高所得国に集中しているが、最もニーズが高いのは低・中所得国である。公平性とは、必要性に応じて資源を公正かつ公平に配分することであり、世界的な健康の公平性を向上させることは、21世紀の重要な課題の一つである。低・中所得国の健康アウトカムを改善するために、富裕国は国際開発を促進するための政府開発援助(ODA)を提供しているが、各国政府は国民総所得(GNI)の0.7%をODAとして提供することを約束したものの、この基準を常に満たしている国はほとんどない。個々の高所得国で健康上の課題が続いているとしても、富裕国が国際社会に対する責任を果たすために、世界的な資源のバランスの再調整が依然として求められている。
結論
1981年、デイム・シシリー・ソンダースは2つの二項対立を明確にし、現在もなお人々がその重要性に共感する緩和ケアの将来的な発展への課題を提示した。2025年、緩和ケアのニーズと供給との間のバランスは著しく崩れており、そしてその崩れはますます増大している。緩和ケアの実践が世界中に広まる中、ソンダースのこの2つの二項対立は、緩和ケアの発展のためには、どのような状況もたったひとつの青写真に当てはめることはできないということを改めて気づかせるものである。エビデンスと思いやりのあるアプローチの実践、そして個人と地域社会の相対的なニーズ間の継続的なバランスの中で緩和ケア提供の開発は続けられなければならない。ケアにおける過度に科学的なアプローチと個人への全面的な集中に我々がどれほど危機感を持っていないかを改めて考えることは、現在発展が続いているとはいえ、世界中の人々の緩和ケアのニーズを満たすために、我々にはまだやるべきことがたくさんあるということを我々一人一人に気づかせるものである。
1 Donohue F, Elborn JS and Lansberg P et al. Bridging the “Know-Do” Gaps in Five Non-Communicable Diseases Using a Common Framework Driven by Implementation Science. J Healthc Leadersh, 2023;3(15). doi: 10.2147/JHL.S394088.
2 Saunders C, Summers D and Teller N (eds). Hospice: The Living Idea 1981. London: Edward Arnold.
3 Sallnow L, Smith R, Ahmedzai SH, et al. Lancet Commission on the Value of Death. Report of the Lancet Commission on the Value of Death: bringing death back into life. Lancet. 2022 Feb 26;399(10327):837-884. doi: 10.1016/S0140-6736(21)02314-X. Epub 2022 Feb 1. PMID: 35114146; PMCID: PMC8803389.
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Announcement from the SCPSC Team
今号の発行にあたり、カナダの美しい冬景色の写真をお贈りくださったDr. Camilla Zimmermannに、心より感謝申し上げます。どの一枚にも芸術性と温かい思いが込められており、いくつかのセクションでご紹介できることを大変光栄に思います。これらの写真にまつわる物語は、今後の号でお届けできればと考えております。
また、第5回SCPSCの参加登録を受け付けております。ご参加を心よりお待ち申し上げております。
皆様のご多幸とご健勝をお祈り申し上げます。
