Update from the President
The International Research Society of the SCPSC理事長
医療法人東札幌病院 理事長
「Human Dignity」概念から読み解く Financial Toxicity:がん医療における倫理学的再考
はじめに
2025年6月26日から3日間、シアトルで開催されたMultinational Association of Supportive Care in Cancer (MASCC)の年次大会に参加した。今回のプログラムは、科学的議論の深度と構成の整合性において際立っており、従来の年次大会とは一線を画していた。私が特に注目したのは、がん医療において国際的に喫緊の課題とされている「Financial Toxicity」に関するセッションであった。今回の参加の主目的はこの問題に取り組む国際的な研究者たちの「生の議論」に触れることであった。
Financial toxicity研究の現在
Financial toxicity は、がん治療において近年の高額な分子標的薬や免疫療法薬、遺伝子治療薬などの登場により、それらに伴う経済的負担が患者や家族に与える多面的な負の影響を意味し、医療政策や臨床倫理の上で急速に問題視されている。これまでの研究の多くは、financial toxicityの実態把握に重点が置かれ、経済的困難が治療の継続やQuality of Life(QOL)に及ぼす深刻な影響が繰り返し指摘されてきた。最近ではこの問題の解決に向けてのshared decision making (SDM、医療者と患者が協働して治療方針を決定する手法)に注目が集まっている。とくに、decision aids(意思決定支援ツール)やcost communication(費用に関する対話)などの実装が進みつつあり、患者が自身の価値観と経済状況を踏まえて納得のいく選択を行うための支援が強化されている。これらの研究は現場での個別の意思決定プロセスにSDMをどう組み込むかと言う議論に収斂していると言える。しかしながら、現在のがん医療、とくにがん緩和ケアで実践されている多職種連携の文脈では、もはやSDMは自明の枠組みとして臨床現場に組み込まれている。その意味では今回の年次大会での議論もその域を超えてはいなかった。しかし、研究者たちの探究心と臨床的関心の高さは、問題の切実さを如実に物語っていた。
「Human Dignity」の概念
20世紀後半から21世紀初頭にかけての医療のエピステーメ(一時代の文化全体の基底にある認識の系あるいは根底的な「知」;ミッシェル・フーコー)は、QOLという概念によって支えられてきた。がん医療においても、患者中心の価値観に立脚したQOLの向上は、医療実践を飛躍的に発展させてきた。しかし近年、私はSapporo Conference for Palliative and Supportive Care in Cancerの newsletter などで繰り返し述べてきたように、QOLという可視的・計量的指標では捉えきれない、より根源的な倫理的基盤としての「Human Dignity」の概念が、医療実践の中心的原理として浮上しつつあると考えている。
ここで言う human dignity は、一般的に定義が曖昧のまま使われている「尊厳」や「威厳」の意味ではない。カントが『道徳形而上学の基礎づけ』において定義したように、human dignityとは「人格がそれ自体として目的であり、いかなる場合にも単なる手段としてのみ扱われてはならない」という原理に基づくものである。これは、人間の存在が本質的に交換不可能かつ不可侵な価値を持つという哲学的立場であり、私たちが行う医療行為、さらには治療方針の選択や制度設計に至るまで、常に人間を「目的」として扱っているか否かを問うための基準となる。この視点から解けば、患者を「治療の対象」ではなく「意味をもって生きる存在」として捉えることであり極めて重要な明示を与えている。
文化的倫理から考えるfinancial toxicity
Financial toxicity の問題は、単なる経済的負担の可視化にとどまらない。むしろ、それが患者の自己形成・意味の生成─すなわち「自らの人生を自らのものとして語り、選び、生きる」という営み─を阻害していないかを問う倫理的課題である。経済的理由で最適な治療が選択できない、あるいは選択できたとしても、その判断が自由意思に基づくと見なすには社会的圧力が大きすぎる─こうした構造的問題において、「患者の意思を尊重した」という制度的正当性だけでは、倫理的な責任を果たしたとは言えない。
この文脈を「文化的倫理」とすれば、単なる倫理規範や制度の問題にとどまらず、医療が社会的・歴史的・文化的文脈のなかで、人間の生き方・死に方の価値観と深く結びついていることを踏まえた倫理的視座を意味する。すなわち、患者やその家族がもつ人生観や死生観、社会的背景を尊重しながら、その文化的文脈のなかで医療行為がなされることを求める倫理の層である。
私は常々、「医学はサイエンスであり、医療は文化である」と述べてきた。文化とは、物質的・制度的側面(物質文化)から始まり、行動・関係性(行動文化)を経て、価値観・死生観(精神文化)へと昇華されていく重層的構造を持つ。financial toxicity の問題は、この文化の昇華過程を物質的レベル、つまり経済的制約によって初期段階で断ち切ってしまう危険性を孕んでいる。
経済的困難が、患者が語ること・願うこと・意味づけることを静かに奪っていく─それは治療選択の問題であると同時に、文化的倫理の問題でもある。
結語
こうした状況を踏まえ、今後のfinancial toxicityを含めたがん医療における議論では、human dignity を倫理的出発点として据え、その根源的価値を基盤に医療実践を再構築することが不可欠である。そこからはじめて、QOLやSDMといった実践的概念の意味が改めて照らし出され、単なる手続き的正当性を超えた深い倫理的理解へと導かれるのである。financial toxicity に直面する患者の支援とは、患者が「人としての意味ある生」を全うするための環境をいかに守り、いかに支えられるかを問い続けることであり、私たちの最も本質的な責務である。
References
1.Kant I. Groundwork of the Metaphysics of Morals. Translated by Mary Gregor. Cambridge University Press; 1997.
カントによる倫理学の基礎を築いた古典的著作。人間の尊厳を「人格がそれ自体として目的である」と定義した理念は、現代医療倫理の根幹にも通じる。
2.Virchow R. Mittheilungen über die in Oberschlesien herrschende Typhus Epidemie. Berlin: G. Reimer, 1848.
1848年ルドルフ・ウイルヒョウは、プロイセン政府の依頼を受け、オーバーシュレージエン地方で発生したチフス流行の調査に赴いた。その際の報告書。彼は流行の原因は単なる感染症ではなく、貧困、劣悪な生活環境、教育の欠如、政治的無関心などの社会的要因にあると指摘し、病気の根本的な解決には社会構造の改革が不可欠であるとした。彼の「医療は広い意味で政治である」という言葉はあまりにも有名である。この報告は、社会医学と公衆衛生の礎になっている。
3.Link BG, Phelan JC. Social Conditions as Fundamental Causes of Disease.
Journal of Health and Social Behavior, 1995, Vol. 35, Extra Issue: Forty Years of Medical Sociology: The State of the Art and Directions for the Future, pp. 80–94. DOI: 10.2307/2626958
彼らは社会的・経済的要因が疾病の危険因子であること、とくに医療資源へのアクセスの不平等が健康格差を生み、社会政策の介入なしでは格差は再生産されると指摘した。この研究は現在でも社会疫学や健康の社会的決定要因の研究や政策立案の根拠となっている。
4.Zafar SY, Abernethy AP. Financial toxicity, Part I: a new name for a growing problem. Oncology (Williston Park). 2013;27(2):80-1, 149 PMID: 23530397
「Financial toxicity財政的毒性」という概念を初めて広く提示したパイオニア的論文。がん治療に伴う経済的困難が患者のQOLや治療選択に与える影響を指摘している。
5.Delgado-Guay MO, Ferrer J, Rieber AG, et al. Financial distress and its associations with physical and emotional symptoms and quality of life among advanced cancer patients. Oncologist. 2015;20(9):1092-1098. doi:10.1634/theoncologist.2015-0026
進行がん患者における経済的困窮と身体的・精神的症状、QOLとの関連性を明らかにした実証研究。financial toxicity の臨床的影響を裏付ける。
6.Elwyn G, Frosch D, Thomson R, et al. Shared decision making: a model for clinical practice. J Gen Intern Med. 2012;27(10):1361-1367. doi:10.1007/s11606-012-2077-6
共有意思決定(SDM)の臨床モデルを提示した代表的論文。患者と医療者の協働に基づく治療方針の決定を、実践的に支援する枠組みを提案している。
7.Kleinman A. The Illness Narratives: Suffering, Healing, and the Human Condition. Basic Books; 1988.
医療人類学の古典的名著。病いの語りを通して、医療が文化的・個人的文脈の中でどのように理解されるべきかを示しており、「文化的倫理」の土台となる。
8.Mack JW, Smith TJ. Reasons why physicians do not have discussions about poor prognosis, why it matters, and what can be improved. J Clin Oncol. 2012;30(22):2715-2717. doi:10.1200/JCO.2012.42.4564
医師が厳しい予後を患者と共有しない理由を分析し、その重要性と改善点を論じた短報。意思決定支援における「沈黙の構造」を問う視点を含む。
9.Unger JM. Financial toxicity: A ubiquitous condition in patients with cancer. Cancer ,Volume131, Issue4,15 February 2025.e35748
DOI:10.1002/cncr.35748
Financial toxicityががん患者に広く存在することを明示。早期臨床試験(phase1/1-2)の参加者においてもそれを34%が経験していた。これらはQOLと社会心理的苦痛と関連していたが、生存率の有意差は認められなかった。
10.Ishitani K. SCPSC Newsletter New Year Special Issue has been published on BMJSPCare Blog.https://blogs.bmj.com/spcare/2024/02/15/irs-scpsc-newsletter-new-year-special-issue/
BMJ Supportive & Palliative Care Blog に掲載された SCPSCニューズレターの2024年新年号。QOLを超えてhuman dignityを中核に据えた視点が提示されている。
Topics
興味深い研究論文をご紹介します
1, Opportunities for chronic pain self-management: core psychological principles and neurobiological underpinnings
THE LANCET, Volume 405, Issue 10491, p1781-1790 May 17, 2025
DOI: 10.1016/S0140-6736(25)00404-0
2, A 5000-year overview of the history of pain through ancient civilizations to modern pain theories
PAIN Reports ,10(3):p e1294, June 2025.
DOI: 10.1097/PR9.0000000000001241
3, Effects of buprenorphine on pain perception in healthy adults: a meta-narrative systematic review
PAIN Reports ,10(3):p e1294, June 2025.
DOI: 10.1097/PR9.0000000000001294
4, Pharmacogenomics and symptom management in palliative and supportive care: A scoping review
BMJ Supportive & Palliative Care 2025;15:158–167.
DOI:10.1136/spcare-2024-005205
5, Financial toxicity: A ubiquitous condition in patients with cancer
Cancer ,Volume131, Issue4,15 February 2025.e35748
DOI:10.1002/cncr.35748
6, Impairments of Human Dignity at the End of Life Quantitatively Assessed by Health Care Professionals: A Pilot Study From Germany
American Journal of Hospice and Palliative Medicine, Volume 42,
DOI: 10.1177/10499091241268573
7, The Next Wave After Immunotherapy in Cancer Drug Development—Back to the Future
JAMA Oncol. Published online May 22, 2025.
DOI :10.1001/jamaoncol.2025.0720
8, Immune Checkpoint Inhibitors and Palliative Care at the End of Life: An Irish Multicentre Retrospective Study
J Palliat Care 2025 Apr;40(2):147-151.
DOI: 10.1177/08258597221078391.Epub 2022 Feb 7.
9, Barriers to Chimeric Antigen Receptor T-Cell Therapy
JAMA Oncol. Published online 15 May 2025.
DOI:10.1001/jamaoncol.2025.1127
Topics (continued)
10,Palliative care is related to less aggressive end of life treatment in haematology-oncology: a retrospective cohort study
BMJ Support Palliat Care: 18 March 2025
DOI: 10.1136/spcare-2024-005089
11, What Constitutes High-Quality Paediatric Palliative Care? A Qualitative Exploration of the Perspectives of Children, Young People, and Parents
The Patient - Patient-Centered Outcomes Research
Spring Nature Link 25 May 2025
https://link.springer.com/article/10.1007/s40271-025-00744-8
12, What I Wish I Had Known: A Pediatric Oncologist's Transition to Survivorship Care
Journal of Clinical Oncology, Volume 43, Number 16
DOI: 10.1200/JCO-24-02821
13, Assisted dying in practice: Australian lessons for the Terminally Ill
Adults (End of Life) Bill
BMJ Supportive & Palliative Care 2025;0:1–3.
DOI:10.1136/spcare-2025-005606
14, Untested, unlicensed, unregulated: prescribing and oversight issues in physician-assisted dying/suicide
BMJ Supportive & Palliative Care 2025;0:1–4.
DOI:10.1136/spcare-2025-005612
15, Improved survival with elevated BMI following immune checkpoint inhibition across various solid tumor cancer types
Cancer.Volume131, Issue6. 15 March 2025;e35799.
DOI: 10.1002/cncr.35799
16, Deep Learning Model for Predicting Immunotherapy Response in Advanced Non−Small Cell Lung Cancer
JAMA Oncol. 2025;11(2):109-118.
DOI:10.1001/jamaoncol.2024.5356
17, Machine Learning to Predict Mortality in Older Patients With Cancer: Development and External Validation of the Geriatric Cancer Scoring System Using Two Large French Cohorts
J Clin Oncol, Vol.43, No.12
DOI: 10.1200/JCO.24.00117
18, Adoption of Broad Genomic Profiling in Patients With Cancer
JAMA Oncol. April 17, 2025
DOI: 10.1001/jamaoncol.2025.0499
Thrilling News: A Joyous Announcement!
BMJSPCare は、がん緩和ケアに関する国際研究学会(IRS-SCPSC)と提携し、ニュースレターをBMJSPCフォーラムで共同発行しています。
2025年5月6日、SCPSCニュースレター春号がBMJSPCareフォーラムに掲載されました。
さらに、BMJ SPCare フォーラム では、第31回フランス緩和ケア学会(French Palliative Care Congress 2025)に関するレポートが紹介されています。
また、BMJ Supportive & Palliative Care 編集長のマーク・タウバート教授(カーディフ大学医学部/EAPC副会長)による以下の論文も公開されています。これらの資料は、緩和ケアの国際的な動向について貴重な洞察を提供しており、ぜひご一読をお勧めします。
BMJ SPCare Forum:BMJ SPCare Blog: French Palliative Care Congress 2025 – 31ème congrès de la SFAP
BMJ SPCare 論文:記事ページはこちら
WORLD BOOK
Mittheilungen über die in Oberschlesien herrschende Typhus‑Epidemie
ルドルフ・ヴィルヒョウ 著(1848年)
1848年、プロイセン領オーバーシレジアで起きたチフスの大流行を調査した報告書。若き病理学者ヴィルヒョウは、衛生環境や貧困など社会的要因を指摘し、「医学は社会科学であり、政治そのものである」という理念を示しました。本号の石谷理事長の参考文献で紹介され、社会医学の礎として現代にも示唆を与える一冊です。
【著者紹介】
ルドルフ・ヴィルヒョウ(1821–1902)
「細胞病理学の父」と称されるドイツの病理学者。
出典:Wikimedia Commons / Public Domain
History
「ホスピス/緩和ケアの先駆者たち――歴史認識の新たな系譜学」
過去は現在をかたちづくり、現在はつねに変容の過程にある。その変容の中から、未来への展開を見出すことができる。ゆえに、過去は不断に再評価されなければならない。系譜学とは、このようにして現在に介入するものである。— ミシェル・フーコー『知の考古学』
本号のヒストリーセクションでは、ミラノ大学および国立がん研究所(イタリア)に所属するアウグスト・カラチェーニ教授が、ビットリオ・ヴェンタフリッダ教授(1927–2006)の遺産を振り返ります。ヴェンタフリッダ教授は、ヨーロッパにおけるホスピス運動の先導者であり、生涯を通じて世界中で患者の尊厳と苦痛の緩和を訴え続けました。
カラチェーニ教授の描写を通じて、読者はパリアティブケアが社会的に認知され始めた時代の空気を感じ取ることができるでしょう。フーコーの言葉が示すように、こうした「原点」を振り返ることは、現在を理解し、緩和医療の新たな未来を構想するための手がかりとなります。
私たちは、深い洞察と貴重な寄稿をお寄せくださったカラチェーニ教授に心より感謝いたします。
Vittorio Ventafridda先生
(出典:Diego Delso, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0)
アウグスト・カラチェーニ教授
ミラノ国立がん研究所(IRCCS財団附属ミラノ国立腫瘍研究所)
緩和ケア・ホスピス・疼痛治療・リハビリテーション部門 ディレクター
ミラノ大学緩和医療 教授
私たち皆が「ザ・プロフェッサー(教授)」(イタリア語で「イル・プロフェッソーレ」)と呼んでいたヴィットリオ・ヴェンタフリッダ教授は、緩和ケアの世界史の一部を成す存在である。 1970年代後半、彼はミラノ国立がん研究所で麻酔科医として勤務し、そこでがん性疼痛プログラムを開発。しかしまもなく、痛みとは末期疾患の苦痛の緩和において一つの側面に過ぎず、「トータルペイン(全人的苦痛)」に対処するには緩和ケアが必要であることを理解するようになる。ヴィルジリオ・フロリアーニは、兄弟の終末期の病を通じた個人的な経験とヴィットリオ教授との出会いをきっかけに、妻のロレダーナと、緩和ケアおよびヴェンタフリッダ教授のプログラムを支援するためにフロリアーニ財団を設立。ミラノで「フロリアーニ・モデル」を開発した。このモデルは、主要な都市病院を拠点とする在宅緩和ケアチームが、イタリアで初めて組織化された緩和ケアサービスを提供するものであった。同時に、進行がんによる疼痛に焦点を当てた取り組みへの注目度は高まり、ヴィットリオ教授は他の専門家と共に、オピオイドや経口モルヒネの供給が極めて不足していることを明らかにした。この問題により、患者は痛みから解放されない状態に置かれ、侵襲的な疼痛緩和処置に頼らざるを得ない状況が生まれていたのだ。次なる歴史的な一歩は間もなく訪れた。 1982年、ジュネーブの WHO(世界保健機関)がん部門の責任者であったヤン・ステンスワードは、 WHOのがん性疼痛緩和プログラムを推進し、ミラノ国立がん研究所( NCI)の疼痛・緩和ケア部門をがん性疼痛緩和の WHO協力センターに指定。ヴィットリオ教授は、 WHO方式がん性疼痛緩和ラダーの開発と検証を行ったこのプログラムのコーディネーターを務め、この WHOラダーは、がん性疼痛の緩和において世界的に最も重要な公衆衛生および実装プログラムとなり、大きな影響を与えた。疼痛緩和には、包括的な緩和ケアの一環として全人的アプローチが必要であるという考えは、ほどなくして WHOの取り組みと公共キャンペーンにも組み込まれた。ヴィットリオ教授が議長を務め、フロリアーニ財団の支援のもと、最初のヨーロッパ緩和ケア会議がミラノで開催され、 1988年、ヴィットリオ・ヴェンタフリッダは、ヨーロッパ緩和ケア学会の初代会長に就任した。彼が数多くの人々に与えた計り知れない影響は、緩和ケアが世界的に認知されるに至る道のりにおいて、彼と共に働く機会を得た者によってのみ語ることができるだろう。この道のりには、彼と同様に卓越した人格と役割を持った人々が関わっており、私たち一人ひとり、そして皆さんもまた貢献し、今も貢献し続けているが、もしヴィットリオ・ヴェンタフリッダがいなければ、彼のビジョンと情熱、科学的厳密さ、そして個人的なカリスマ性がなければ、同じ結果にはなっていなかったと私は確信している。
Overseas Experience Report : New York
いつもニュースレターをご覧いただきありがとうございます。
本号では、石谷理事長の海外出張に同行した際、ニューヨークで心に残ったひとときをご紹介します。
SCPSCニュースレター編集担当:Yukie Ishitani
海外体験記
『Wicked』──舞台が語る、“見えない痛み”の声
ニューヨークで、ブロードウェーの名作が緩和ケアの哲学と意外な共鳴を見せる。
『ウィキッド』は、名作『オズの魔法使い』を新たな視点で描いたミュージカルです。緑の肌ゆえに偏見を受けながらも、真実と正義のために生きるエルファバの物語が、美しい音楽とともに紡がれます。
7月初旬、シアトルで開催されたMASCC/ISOO年次総会2025に参加し、ノースカロライナ州シャーロットのLevine Cancer Instituteを訪問した後、最後の訪問地としてニューヨークを訪れました。
石谷理事長の長年の友人であるラッセル・ポーテノイ教授と奥様のスーザンさんが、温かく迎えてくださいました。ニューヨークらしい洗練を備えながらも、とても気さくで温かいおもてなしをしてくださったスーザンさんの人柄が、心に深く残りました。
スーザンさんの計らいで、ブロードウェイ・ミュージカル『ウィキッド』を鑑賞する機会に恵まれました。照明が落ちた瞬間、劇場は別世界へと変わり、歌と踊りのエネルギー、そして出演者たちの驚くべき体力と表現力に、息を呑みました。
物語は「誤解されている」登場人物の視点から語られます。彼女は目に見えない痛みや孤独を抱えながらも、人のためになりたいと願い続けます。その姿に、私は緩和ケアの本質的な意味を重ねずにはいられませんでした。
クライマックスで歌われる名曲「Defying Gravity(重力に逆らって)」——主人公が恐れや期待を振り払い、空へ舞い上がる壮大なアンセム——は、痛みと苦悩という重力を超えて、自分の道を切り拓こうとする強い決意を表現しています。まるで観客一人ひとりに「あなたは痛みにどう向き合い、どう生きるのか」と問いかけているかのようでした。
忘れられない瞬間
隣に座るポーテノイ教授——痛み治療の発展に世界的な影響を与えてきたパイオニア——が、舞台に深く引き込まれている様子に、私の心もまた動かされました。
舞台のメッセージ——痛みや苦悩を「見えないもの」として退けるのではなく、その人の物語を深く聴く——は、緩和ケアに携わる方々を導く大切な価値観を改めて胸に刻ませてくれました。
感謝とこれから
温かく迎えてくださったスーザンさんとポーテノイ教授に、心より感謝いたします。
「来年のSCPSCでまたお会いしましょう」と約束を交わし、笑顔とともに別れました。
次回は、シャーロットの訪問をお伝えします。
Announcement from the SCPSC Team
第5回SCPSCまで1年を切り、2026年7月10日(金)・11日(土)に開催されることをお知らせいたします。
この国際会議では、国内外からの参加者が集い、様々な分野を越えて交流し、共に学び合います。
SCPSCチーム一同、皆さまのご参加を心より歓迎いたします。